”本当の美味しさを病院で” 「病院」5月号掲載の紹介です。

医学書院発行の雑誌 『 病院・特集 病院食再考 』 5月号に、患者様が満足する質の高い食事を提供している病院の事例として副理事長が寄稿しました。発行元の承諾を得て引用・転載している記事の紹介をします。

病院 2014年05月号 (通常号) ( Vol.73 No.5)
特集 病院食再考

本当の美味しさを病院でアルテミス ウイメンズ ホスピタル
寄稿:武谷典子


 昨年12月4日、和食が世界文化遺産に登録されたという嬉しいニュースが届きました。それに先立つ昨10月、「和食を文化遺産に!」という気運を高めるため、京都府は「日本料理文化博覧会 和食の未来に向けて」という催し物を開催しました。私はこの会に、当院の料理長と一緒に参加しました。第一部は裏千家今日庵文庫長の筒井紘一氏と京都の名だたる料理店のご主人達のフォーラム。第二部は、京都の20店舗のシェフ達のコラボによる試食会でした。フォーラムでは、鎌倉時代禅宗の高僧で、食について深い洞察を披瀝した曹洞宗の開祖、道元禅師のことが話題になっていました。とても興味深いお話しでしたが、恥ずかしながら私は、このときまで道元禅師のことを知りませんでした。帰宅後すぐ、道元師が食のあり方について書き綴った『典座教訓(てんぞきょうくん)』を買い求め読了しました。(正確には藤井宗哲氏による解説つきの本です。)

 道元師の教えの中心となるものの一つに、崇寧二年(1103)に完成した禅宗の清規の書、『禅苑清規(ぜんえんしんき)』に始まる六味三徳の考えがあります。六味とは、苦味、酸味、甘味、辛味、塩味 の五味に淡味を加えたものです。三徳は軽輭(きょうなん)(軽やかでふっくらとしていて舌触りが心地よいこと)、浄潔(じょうけつ)(不純でないこと)、如法作(にょほうさ)(理にかなった調理がなされていること)です。

 私は、この中の「淡味」という言葉に特に関心を持ちました。最初の五味は生理学的な味覚を意味しますが、六味目の「淡い」は生理学的な味覚を表現する言葉ではありません。『典座教訓』では、食材の味を損なわないことと解説されています。日本料理文化博覧会のフォーラムでも話題になっていたと記憶しますが、六味三徳には「旨み」が含まれていません。「旨み」が味覚の一つであることが発見されたのはつい最近のことですから当然と言えば当然かもしれません。私の勝手な推測ですが、道元師は「旨み」を表現する言葉として「淡味」を使われたのではないでしょうか。薄味でおいしく頂けるには「旨み」がなければならないからです。別の言葉で言えば、薄味でこそ本当の美味しさがわかるということです。私は『典座教訓』を読んだとき、道元師の言う「淡味」こそ、私たちが今まで追求していたものだと得心しました。

 私たちは、2011年の4月、患者様に提供する食事について全面的な見直しをしました。その結論は、減塩と脱化学調味料で本物の美味しさを提供しようというものでした。この方針は、いわば自分で自分の手足を縛るようなもので、実行に移すには勇気がいりました。しかし、思い切って打ち出し、皆で努力して実現した結果、私たちの提供する食事は、以前にまして高い評価を頂くまでに至りました。おこがましいかもしれませんが、今考えれば、私たちの暗中模索は、道元師の教えへとつながる道の入り口を探すものであったように思います。以下に、その暗中模索の顛末をご報告します。

・・・以降は本誌に続きます。